2007年4月28日

権現桜は今が見頃

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撮影:TOMIOKA Takumi
(4/21/2007)

樹齢1000年と言われる見事な桜が長野県箕輪町にはある。今年の見頃は4月20日ごろというので早速現地に行ってみた。天候が今ひとつであったがデジカメで数枚ほどをカメラに収めた。公民館の近くに車を置き直ぐに大きな古木が見える。高さは15メートルほどであるが何とも言えない威圧感がある。よくもまあ今まで絶えることなく続いたものだと感心せずにはおれない。管理されている方々に頭がさがる。夜はライトアップされるようでこれも見事な夜桜であろう。

本屋の店頭を見れば5年後がわかる

Scan10007.JPGこのごろ書店の店頭で懐かしい昭和30年代のものを対象とした商品を眼にすることが多くなった。この週刊誌もそうであるが、毎週発売されて100週ほど続く。1年は50週ほどだから2年間毎週出版されて少しずつ部品とともに解説書が届く仕組みで、最後が届く頃までには作品が完成するというわけである。前回は「戦艦ヤマト」で人気をあげた出版社でこれからもどんどん出ると思う。

昭和30年代と言えば、日本は復興期であり何でも国民は全身でぶつかったものである。その頃の蒸気機関車や国民車・電化製品はなぜか人気が出ている。理由の一つに、やがて団塊世代が定年を迎えることが挙げられる。各メーカーは彼らにターゲットを向けており、世の中全体が団塊世代を向かえる準備に着いているのである。

団塊世代の遊びといえば、「模型飛行機」「真空管オーディオ」「無線」「カメラ」「ラジオ製作」などがほとんどであり、どれも高価であった。コンピュータがなかった時代だからすべてが手動作でわかりやすくテンポが遅かった。親子ともども熱中して我を忘れ、母親はこの光景を見てにっこり。どの遊びをとっても興味をそそった。

そんな時代を生き抜いた彼らが、今の日本技術の原動力となり世界一を生み出した。だから「プロジェクトX」のようなドキュメント風の番組が完成したのである。彼らはやがて青年を迎えて、オートバイや車に興味を持つようになり、メーカーはドンドン売れる車を工夫する。電化製品も彼らの結婚時代に合わせて、新製品を出してくる。こんな繰り返しで日本は成長を成し遂げたのである。

もう一つ書店で多いのは、団塊世代の定年退職を狙った「資産運用」本である。これは何も本に限ったことではないが、銀行・証券会社・保険などもそうである。やがて、旅行会社が出版する「旅行」本が並ぶであろうし、彼らが旅行するには親を預ける「介護施設」が増えてくる。病気は自宅からインターネットで解決出来るようになり、大きな治療だけ病院で世話になる時代がやってくる。そのことで、医師の数も何とか確保できるはずである。

書店で並んでいる書名からこんな読みをすることも結構面白いし、世の中を一歩上空から眺めていると、流れが読めてくる。

2007年4月27日

ゼンザノン100mm付のゼンザブロニカS2

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撮影:TOMIOKA Takumi (携帯電話使用)

吉野善三郎さんが設立された「ブロニカ工業株式会社」はすでに無い。現在はタムロンが引き継いでいるようで,当時設立されたブロニカクラブもタムロンのサイトから入ることが出来る。そのころの中判カメラというと、2眼レフが主流であり、中でもローライ(西ドイツ製)は高価であった。そんな中、中判一眼レフとして鋼の国スエーデンから八ッセルブラッドが発売され、レンズもローライと同じカールツァイス社のプラナー付きであった。このカメラは映画のシーンにも出てきたりして、アマチュアカメラマンの中には憧れる人も多かった。その頃に開発されたのが純日本製のゼンザブロニカである。

ハッセルブラッドはレンズシャッター式であるが、こちらはボディに内蔵されたフォーカルプレーン式シャッターを採用していた。どちらが良いかということで比較した雑誌記事もあったが何とも言えないような回答が多かったと思う。このカメラに人気が出た理由として、ニッコールレンズが採用されていたことである。ニコンのレンズは35mmカメラで絶対的な信頼がありファンも多かった。しかし35mm判で風景写真を撮るとなると少し不安があり、ほとんどの風景写真家には苦労の種であった。この写真は,初期の発売後に発売された100ミリレンズが付いたS2型である。ニッコールの75ミリ標準レンズに変わりトプコンが製作したゼンザノンの100ミリ付きとなった。当時のトプコンが製作したゼンザノンは今でもファンが多く当時としては憧れの一本でもあった。

2007年4月23日

安曇野翁の蕎麦が忘れられない

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撮影:TOMIOKA Takumi (4/21/2007)

名人「高橋邦弘」の一番弟子が店を持つ「安曇野翁」

3年ほど前に安曇野(あずみの)にある田淵行男記念館の受付で美味しい蕎麦屋はどこですかと訪ねた時に薦められたのがきっかけでした。早速行ってみたら、なんと新しい構えの店であり気持ちよく店内に足が運ばれた。その時に知った「そば打ち職人・高橋邦弘」。山梨長坂に店を持ち蕎麦職人として多くの弟子を育てておられることで有名であり、ここ安曇野にある翁という店も、高橋さんの一番弟子がのれん分けで開業したと聞く。全国にも弟子が散らばり、この店は「安曇野翁(あずみのおきな)」と言うらしい。この店には、他の店には普通にある「温かいそば」は無い。味にこだわるので「もりそば」が2種類である。辛いおろし大根とおろしわさびが付く。腰といい色合いといい申し分ない。さすがに旨い。私が今まで口にした蕎麦の中では格段に旨い。一枚840円であるが私が安曇野に来る楽しみの一つである。<br />蕎麦職人高橋邦弘さんを紹介したページを覗いて見てください。

http://www.jump.co.jp/bs-i/chojin/archive/071.html