2007年6月10日

世界で始めてインクジェットプリンタを開発したHP社

今や世界の誰しもが知っている米国のプリンタメーカーであるHP社の話です。

HP社の以前の社名は「ヒューレットアンドパッカード」といいます。
すなわち、二人のアメリカ人技術者であるヒューレットさんとパッカードさんの二人が立ち上げた会社で、場所は今のシリコンバレーにありました。現在はシリコンバレーですが最初は名前が無く、カリフォルニア州サンタクララ郡パロアルトという地名で呼んでいました。サンフランシスコ湾の奥まった場所で湾近くまで山がせまり、まるで谷(バレー)のようになった地形です。ここは1950年代中頃まではブドウ畑に覆われた農業地区でした。

その頃の若き優秀な学生たちは地元のスタンフォード大学を卒業すると、一度は田舎から離れて東部の有名な会社に憧れ就職をしました。それほど当時の若者には東海岸は人気でした。そんなわけで成績の良い学生はほとんどが一度は東での就職を経験したのです。他の学生と同様にして一度は東海岸に憧れ出た二人ですが恩師からの依頼もあり故郷パロアルトに戻ってきました。そこで大学からのサポートを受けながら多くの試作品を製作してたわけです。このころに製作したステレオアンプ用の低周波発信器がウォルトディズニーの目に留まり、すぐに映画会社から8台の注文が突然舞い込んだというわけです。当時すでにカリフォルニア全域は映画産業が盛んであり、この低周波発信器もディズニーが制作した映画「ファンタジア」に使用されました。このようにして1939年1月1日この地にガレージ風の建物を使った小さな会社を立ち上げたのでした。その後もヒューレットアンドパッカード社は衝撃的な発展を続け、計測器トップメーカーとして今日あるように世界的な企業になったわけです。私も何台かの計測器を使っていますが、どれも非常に高価であるけど、設計がしっかりしていて使いやすいのが特徴です。データ通信の初期に採用定番となった「HPーIB(GP-IB)」という規格は今でもデータ通信の基礎理論として技術屋の間では有名です。

やがて第二次世界大戦が終了し、このバレーにも工業化が押し寄せました。戦争中に戦闘機などを製造していた航空機技術を生かそうと徐々にこの地区に集まりだしたのでした。はっきりしたことは分かりませんが当時米国政府の方針でアメリカはここを工業団地として使用するように決めたのでしょう。山を切り開き電子関係の会社の誘致に乗り出したのです。そこへやって来たのが戦闘機で有名なロッキード社でした。ロッキード社は米国トップクラスの航空機メーカーだったので工場周辺にはみるみるうちに関連のエレクトロニクス会社が30社ほど集まってきたのです。航空機にはそれほど電子機器が付き物なのです。<br />また、当時エレクトロニクスと言えば米国東部地区と決まっていたわけですから、この航空機産業のおかげで一気に西海岸にも火がついたわけです。

そこへ追い風となる衝撃的なことが起こります。学生時代をカリフォルニア工科大学で過ごした一人の物理学者「ウィリアム・ショックレー」が1955年にこのカリフォルニアのバレーに帰って来たのでした。その翌年にショックレーはトランジスタの発明でノーベル物理学賞を受賞したのです。このようにして、若き技術者を初めとする多くのエレクトロニクスに関係した人達で町が出来上がり、その頃から皆はなぜかこの地区を「シリコンバレー」と名付けたわけです。もちろんシリコンは半導体に使用する原料のことです。

この話は、長くなるので今後の流れを先に列挙します。

1)シリコンバレーに半導体製造会社が集まってきた
2)なぜ小さな町工場が世界一のインテル社となり得たか
3)初めて開発されたHP社のインクジェット技術は半導体技術の派生で生まれた
4)アップル社がシリコンバレーで生れたのには理由がある
5)最初のテレビゲームはアタリ社の「ポン」でした
6)パーソナルコンピュータの歴史はアップル社から始まった

と続く予定です。