2008年2月21日

日本のファミレスを広めた三重県の男「渥美俊一」さん

今では沢山の店ががひしめきあっているファミリーレストランの話です。
渥美俊一氏が率いる「ペガサスクラブ」というのがあります。いまでこそ大手チェーンの殆んどが加盟する組織ですが、当時(1960年代)はまだその活動は小さく、松阪商人として活躍する渥美俊一が作った活動家の集まりでした。そこの行事で開催されたアメリカ視察セミナーに、「ことぶき食品(のちのすかいらーく)」の横川兄弟が参加したわけです。

1960年代の日本の食堂といえば、「うどん屋」とか「そば屋」が殆んどでいわゆる丼物を食べていたわけです。たまには、街の大きなデパートにはレストランがありましたが、私のような三重の田舎に住む庶民が簡単に入れることもなく、服装でさえ気をつけて行かなければならないほど一般化していなかったわけです。
その視察旅行では全てが驚きだったようで、日本にも米国のレストラン方式を取り込もうとなったわけです。

それから翌年の昭和45年(1970年)に横川兄弟は東京都国立市に「すかいらーく一号店」を開店させました。この年は、日本で初めて開催された国際万博「大阪万博」の年であり、会場内にはケンタッキーフライドチキンも日本国民の前に始めて姿を見せました。ロイヤルホストもそうでした。こうして、この年1970年に一気にアメリカの食べ物に火がつき、翌年には銀座に「マクドナルド一号店」が三越デパート一階にオープンしたわけです。
こうして、外食産業という言葉が流行し次々にチェーン店が生まれました。どさんこラーメンは500店を超えていたようです。そして、1972年ごろは3兆円を超える売り上げを記録していました。
最初に出来た「すかいらーく」は日本のファミレスをリードして現在でもファミレストップの座を確保しているわけです。

この「渥美俊一」は1926年(大正15年)三重県松坂市生まれで三重一中(現在の津高校)を卒業しています。
参考となるページは
http://www.pegasusclub.jp/atsumi.html

三重の商人は、三井などに代表されるように何か独特のものがあり、最近では大型スーパーのジャスコ会長など我々三重県人が誇りにしなければならないアイテムです。