2011年10月 1日

日本で初めて開催された自動車グランプリ

car-race1.jpgいまでこそ日本の自動車産業は世界でもトップクラスですが、私が高校生だった1963年では自動車のスピードレースで世界に太刀打ち出来そうな車種は皆無だったと思います。とはいえ、ラリーにおいては当時もダットサンなど優勝したレースはあったのですが。
日本で最初に開催された本格的な自動車レースは三重県鈴鹿サーキットでのものです。この写真は、1963年(昭和38年)に開催された「第1回日本グランプリ自動車レース大会」のでものです。当時の毎日新聞と共に保存してありました。この頃の国産車は、メインのレースには出ておらず全て外国製でした。レースを見た時の印象でも、国産車はレベル下のレースしか出ておらず、しかもスピードにおいてもメインレース車輌とは比較にならなかったものです。

既にフォーミュラワンというレースはヨーロッパを中心に開催されていましたが、この頃日本のサーキットはまだその水準に達していなかったのです。そんなことから、この日のメインレースに出場した車は全て外国車であり、ドライバーも当然ながら外国人だったわけです。同じ日に開催されたランク下のレースでは、ヒルマンや鈴木のスズライトやスバル360が出場しております。

car-race3.jpgそれでも、日本で初めて開催された本格的なレースは感動の連続であり強く記憶に残っているのです。まさか日本製の自動車が、のちになり世界を制覇するとは観客席の誰もが思って居なかったことでしょう。ただ眼の前を通過する外国製レーシングカーのスピードと爆音に酔って居たのでした。当時のスピードは140kmほどだったと思います。
car-race2.jpgその当時は技術的なことよりも自動車レースという文化がやっと日本でも実現されたという印象を強く持ったものです。開催に努力した本田技研も当時においては自動車は生産しておらず、まだ日本では大衆が簡単に遊び用自動車に乗り回せる時代ではなかったのです。

やがて、今年も鈴鹿市ではF1日本グランプリが開催されます。ホンダのマシンは撤退してしまったために今では見ることが出来ませんが、1964年から1990年代には本田のマシンは大活躍しており世界のF1レースをことごとく制覇した実績があります。わずか30年ほどで世界を追い越した日本の自動車技術には驚きです。このことは世界中の自動車界で長く語りつがれることになるはずです。特に本田技研の場合には、1967年にN360を発売するまでは2輪メーカーだったわけです。
本田やトヨタが撤退した現在、日本で開催されるF1グランプリもいつまで続くか判りません。もともと、自動車メーカーの実験コースという考えで作られたものですが世界の自動車技術の発展と共に、ひとつの文化となってしまったわけです。さて、来週のF1日本グランプリでは、どのマシンが優勝するのでしょうか。