2017年1月25日

ピコ太郎で思い出した名機 ピコモールス

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ミズホ通信製のピコモールス(1981年発売)

 世間ではピコ太郎というユニークな男性が人気になっています。

 そこで、昔のピコという用語を思い出しました。ここで言うピコとは小さくて可愛いというCW練習機の話です。1972年東京町田市に現れた「ミズホ通信」という会社。あのトリオ受信機9R59を設計して有名になったJA1AMH高田継男氏が起こした会社で、1981年には発売したピコシリーズが人気でした。とても小さいリグ(無線機)で特定のアマチュア無線家には絶大な人気がありました。しかし、2012年に会社も事業を終了し、2016年には創業者の高田氏も亡くなられました。ご冥福をお祈りします。

 その後、1991年にはピコシリーズである「ピコモールス」を発売したので私も早速購入してモールス信号の訓練に使用していました。モールス信号というのは訓練で相当上達が出来ると聞きます。写真の小さな回路基板は、しばらくすると段ボール箱の片隅に埋もれていました。

 テレビで出演するピコ太郎を見て、再び引っ張り出したのでモールス信号の良さを再確認しようと思います。モールス信号は、デジタル信号の元祖でもあり1と0だけで通信できるのが魅力ですね。究極の通信手段とも言われており災害時にも効力を発揮するものです。まず、26文字と数字を覚えるだけで通信が可能です。ぜひ、どうぞ。

2017年1月20日

日本にはセコニックがある

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 写真撮影に欠かせないのはフィルムに与える微妙な光の加減である。最近のデジタル技術ではその露出を最適になるようカメラが自動でやってくれる。いわゆる自動露出である。平均測光や中央重点測光など各社は工夫して宣伝文句に使用する。しかし、作品を作る場合にはこれが曲者で、カメラの自動露出に任せてしまうと誰も同じイメージの写真になりかねない。もちろん、カメラを上手く操作して露出倍数などを熟知していれば少しは作品作りに有効かもしれない。しかし、本当の意味で自分の抱くイメージの作品を撮る場合には、やはり単独露出計なるものが最高である。

 要するに、1枚の作品の中でどこを強調し、どこを暗くするかによって、作品を見てくれる人には別の印象を与える物となる。風景を撮影する人たちは、露出計の中でもスポットタイプのものを使う人が多い。それは、ピンポイントでその部分の反射光を測定するもので、例えば一番明るい場所を中心に他の部分は暗くして自分の表現したいことを強調する。当然、全体に黒っぽい写真になる。
専用露出計には大きく分類して、反射式と入射式があり入射式では反射率18パーセントに注がれる光を想定して、それ以上明るくなる部分と暗くなる部分を露出計が割り出してくれるので全体に平均的な値が得られる。スタジオでのポートレート撮影には適しているので昔からセコニック社のスタジオデラックスが有名である。
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 私は、風景写真がほとんどなので写真にあるようなペンタックスから出ていたスポットメーターを使用している。大きさも手ごろで使いこなすと思い通りの露出値を得ることができる。日本にはミノルタの露出計があったがミノルタがコニカミノルタとなり現在は発売していない。
 世界的にみるとドイツのゴッセンが有名であるが、性能の割には高額なので最近ではあまり持つ人がいない様である。

2017年1月18日

オートレールとは?

 FXとは外国為替証拠金取引という投資手段の一つです。
最近ではニュースでも出てくる用語なので一度は耳にされたことがあると思います。資産運用の方法も様々で、ゆうちょ銀行の半年複利定額預金から株式投資、ファンド購入や貴金属購入またビットコイン購入など人それぞれです。
 その中でも、外国のお金に投資をして為替差益で増やすFXは特に人気があります。購入と言っても実際にお金が手に入るのではなく、パソコン上での売買です。購入の仕方も、等倍から25倍程度まで掛けることができるので、初心者は掛け率を低くしてやらなければ危険です。儲けも少ないが安全です。極端なことをいえば等倍です。これなら、単に外貨預金と同じです。そして購入手数料も各社で違いますがわずかです。銀行の手数料とは問題になりません。

 皆さんは「ミセスワタナベ」というのをご存知でしょうか?FXをやっている日本女性を集合体と見る時の呼称です。要するに、彼女たちが一度に同様の動きをするために、最近では外国為替相場を大きく動かすことがあるという意味です。このミセスワタナベに共通なのが、FX自動売買です。自分の思考をパソコンやスマートフォンに設定すればあとは勝手に売買を繰り返してくれるツールです。仕事をしているときも寝ている時も働いてくれるので、彼女たちの中には、年間数億円の利益を生み脱税で引っかかったというニュースも聞いたことがあります。

 では、そんな便利なツールですが使い方を間違えると損失も大きいのです。
このたびマネックス証券が「オートレール」という便利なツールを発表しました。もともとマネックス証券は東京フォレックスという会社を買収し、ネット証券でのFX事業では老舗です。現在は、マネックスFXプラスという名称でFX事業を一本化しておりますが、そのサイトでマネックスFXトレーダーが使えます。
 そして新たに、「オートレール」が加わりました。一度、覗いてみて下さい。宝くじや競馬などよりFXは安全です。ゼロになることが無いのですから当然ですけど。

下にマウスを当てるとYouTube動画が見れます。

2017年1月17日

世界で初めてレンズに施されたマルチコーティング

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 ミノルタカメラは、創業地である神戸六甲山のふもとから「ロッコール」という名称をレンズに当てた。当時の一般レンズは、無色透明か少し紫色をおびたレンズが普通で、あまりカラー撮影を意識するものではなかったのです。ミノルタカメラが千代田光学という社名を使用していた当時は、この「緑のロッコールレンズ」は世界で初めてマルチコート処理を施したレンズを発売して驚かせました。
また、ミノルタは露出計でも定評があり「ミノルタハイマチック」というカメラは米国のNASAが採用した最初の宇宙カメラとなりました。その後も、NASAはこの露出計を採用しておりました。
 もしドイツのライツ社が日本のカメラメーカーに興味があるとすればミノルタが一番だという記事を雑誌で読んだことがありますが、それほどミノルタの技術は注目されるものだったのです。その後に、技術協定で記念カメラである「ライツミノルタCL」を同じ設計図で両社が生産したことがありますが、当時はミノルタの方が精度よく加工されていると評判になったほどです。
 ミノルタカメラも、経営方針を転換しコニカ(昔の小西六写真工業)と合併して「コニカミノルタ」という会社になりカメラ事業部を切り離しました。その売却先がソニーだったわけです。ソニーは自社で以前から生産していたDSCシリーズに加え、2006年から自社の画像処理技術と組合せ高級一眼レフにも手を伸ばしアルファ100を発売し、その後は類を見ない高解像度の高級デジタル一眼を次々に開発したのです。アルファシリーズのマウントはミノルタ時代から引き継ぎ改良したAマウントでした。ミノルタ時代の取引からドイツのレンズメーカーとも接点が多く、最近ではカールツァイス社のレンズもソニー製品に採用しています。元々のミノルタレンズは名称を変えてソニーレンズとして今も新機種をどんどん発売するようになり、レンズは2系列となりました。

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 ここに紹介するミノルタレンズは200mmF2.8という明るいレンズです。私のお気に入りレンズで手持ちでも何とかOKです。室内での撮影や夕暮れの風景にも暗部がつぶれにくく人気があるレンズです。もちろんAF(自動焦点機構)でもピント合わせも早く実用上何の問題も無く使用しています。白鏡胴は好みではないですが当時はこれが流行したものです。これと併せて300mmF2.8も使いますが、さすが重くて手持ちでは無理があります。鉄道写真では欠かせない2本です。

2017年1月15日

Power Book 170 の魅力

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 アップルコンピュータを初めて手にしたのは1980年ごろだったと思います。当時は仕事で使っていた1台があり、その魅力にすっかりのめり込んだものでした。平行して使っていたのがNECから発売されていたTK80キットでした。そして個人で購入したアップル2eですが確か48万円ほどで本体を手に入れた記憶があります。その時の搭載メモリは32Kバイトで今考えるとICメモリは宝石のような存在だったわけです。
 やがて、マッキントッシュ時代がやってきて世のコンピュータは小型化の競争が始まりました。そこでやって来たのが1991年に発売となった写真のパワーブック170で価格は80万円ほどで売り出されアップルファンとしては誰もが憧れる機種の1台でした。

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 魅力の1つはCPU性能で、140の16MHzに対して25MHzで動作する68030を採用し、しかもFPU(浮動小数点演算装置)を標準装備していて68030搭載モデルとしては、デスクトップ型と比べても決して引けを取らないスペックでした。もう1つは、内蔵液晶モニターの品質が同時に発売された3モデルのPowerBookの中で、170だけがアクティブマトリクス方式の液晶パネルを採用していたのです。当時、私は145Bを少し我慢しながら使用していたものです。解像度は同じ640×400ドットでモノクロという点は変わらないものですが、表示品質はひと目見て違いがわかるほど優れていました。これはパッシブマトリクス方式のように縦横にスキャンを繰り返して画像を形成するのではなく、1ピクセルごとに1つのトランジスターを使ってドットのオン/オフを制御するもので、コントラストの高い非常にクリアな表示を実現していたのです。日中外での使用もコントラストがクリアで抜群の使用感だったように記憶しています。

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 年が明けて、昔使用していた170をみたら電源が入らなくがっかりですが一度ゆっくりと修理してみようと思っています。最後の写真は、当時のマックではおなじみの3.5インチのフロッピーDISKドライブです。このドライブは最初のマックを発売するに当たりソニーが開発したもので、これをきっかけに世界中で採用されました。

2017年1月14日

京都吉田山の頂上には茂庵がある

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 コーヒーが好きなので、京都に行けばどこかで飲むことが多い。京都には、小川珈琲やイノダ珈琲の本店がありどこも賑わっている。大手のコーヒー店以外にもかなりの店があるが、どこも個性に溢れている。この写真にある茂庵(もあん)もその一つであり、一般的な駐車場は無い。まったく無いのではなく3台ほどのスペースがあるが、いつも満車である。そのせいか、茂庵に行くには徒歩で山を登る。約15分ほど階段を登ると吉田山の上に出る。
 
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 登る途中には写真の様な階段があるが注意深く見ないと入口を発見できない。道中は少し暗いので冬になると閉店時間は夕方5時となるので気を付けられたし。ここは開店も遅く11時だと思った。ジグザグの細い道を上まで登ると、神社の境内らしき建物が見えてくる。これが喫茶店とは予備知識が無いと理解し難い。山の上に元々あった境内をそのまま利用して喫茶店にしたものである。
 店は2階にあり、1階は調理場と待合室であるが、平日ならほぼ2階まで行ける。席数は多くはないが感じの良い、居心地の良い部屋となっている。
珈琲以外にも軽食を注文することもできる。


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 店内からは、京都市内が展望できるが山の木が邪魔をして完全には無理である。また場所が京都大学の近くなので、京大関係の人や外国人も時々見かける。

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 珈琲好きの人には一度は行って欲しい店である。肝心のコーヒーの味も文句無しで、ほぼ誰の口にも合うはずで香りも丁度いい。

2017年1月13日

本栖湖1000円札カメラ

motosuko.jpg撮影:TOMIOKA Takumi (2017年1月9日午後1時ごろ) 本栖湖観光案内所前で

 富士山の形をどの位置から眺めるかは、現地ではよく議論の対象となります。
昔から富士山は多くの人々に愛され一度は登りたい山です。最近では周遊道路も整備されて、どの位置へも比較的簡単にアクセス可能となりました。先日、箱根のホテルに泊まり、翌日に本栖湖(もとすこ)に向かったのですが、前日に降った雪で駐車場には20cm程残っていました。
 本栖湖にある数台ほどの駐車場に車を置いて、大判カメラを出そうかと迷っていましたが結局手持ちのコンパクトカメラで数枚メモをしました。時間的なこともありますが斜陽での撮影が狙い目です。朝と夕方には立体感が出そうで多くのカメラマンが並びそうな気がします。
 さてこの場所、駐車場の少し上にライブカメラが設置されています。その名も「1000円札カメラ」と呼ばれているみたいで、観光案内所の男性によるとこの角度から見た富士山を使っているとのことでした。

下にマウスを当てるとライブカメラで現在の富士山が見れます。


2017年1月12日

ライカが欲しい人向けの入門カメラLeitz-Minolta CL

LEITZ-minolta-1.jpg ライカと言えば西ドイツにあったエルンストライツ社のカメラの名前であり高級カメラの代名詞のような存在である。ところが、ライツ社はこの頃存続の危機に陥り、日本のミノルタとの技術提携をしたりして何とか生き抜いた。ミノルタも決して安定な状態ではなかったが、このカメラを両社がそれぞれ生産販売した。1973年から1976年のことである。CLとはコンパクトライカという人もいた。
 ライカといえば50万は下らない価格で普通の人の手の届くカメラではなかったし、工夫をして中古品を半額程度で探す人も多かったのである。当時、私もM2の中古ボディを12万円で購入したことがあるが、その頃の給料は2万円そこそこだったと思う。このボディにキヤノンの25mmF2.8を付けて楽しんでいた。

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 このカメラ、ライツとミノルタが同じ設計図で生産したのであるが、不況だったライツが生産した物よりミノルタが製造した物の方が精度(作り)が良かった。おそらく廉価版という気持ちがライツ社にはあったのだろう。しかし、何といっても作りがしっかりしていてシャッター音も無駄な響きが無い。小型なので手にすっぽり入るが実際の撮影ではライカのほうが使いよい。
 レンズは、ズミクロンとロッコールが準備されていたが国産のライツミノルタCLにはズミクロンは付いてなかった。のちにミノルタからミノルタCLという製品が発売になっている。当時は、M5に採用されたTTL測光方式であり、写真のようなCDS露出計がフィルム中央にくるようになっていた。もちろん、シャッターが切れる寸前に上に隠れる構造の絞り込み測光である。
 また、フィルム押さえ板も本体に付いていてMタイプと違いフィルム装填がし易かった。
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2017年1月 7日

紛らわしいFBという用語

 ホームページを見たりニュース番組を見ていると、盛んにFBという用語を目にします。元々我々アマチュア無線家の間では、世界に共通する用語として昔から頻繁に使用されてきました。
FaceBookはフェースブックと言って記述してくれると助かりますが、日本人は直ぐに省略するので紛らわしい。

 アマチュア無線で使用するFBとはFine Businessという意味を持ち、これ自体は省略形ではありません。そもそも通信では、無駄な電波の利用を無くす工夫がなされており多くの符号があります。
例えば、SOS(遭難信号)やOSO(非常信号)などは比較的知られております。

もっと、面白いのがあります。

「さようなら」は通信の完了符号。日本語の「さよなら」ではありません。
「本日は晴天なり」は無線機の調整記号。
「どうぞ」は相手に送信をもとめる記号。

などですが、これ自体変えて言えないのです。お天気が悪くても「本日は晴天なり」と言います。
全てが、符号なのです。

また、こんなのも頻繁に使います。

CQ・・・・・・・各局あての一般呼出し
QTH・・・・・Q符号のひとつで、自分の位置をしめす
YL・・・・・・・女性を表す
OM・・・・・・男性に対して敬意をはらう言い方
WX・・・・・・お天気のこと

また、こんなのもあります。
73・・・・・・「さようなら」の数字版
59・・・・・・信号強度と了解度が最高

これらの符号や省略記号は、通信の能率と正確さを期待する用語であり世界中で共通となっています。

他にも、アマチュア無線では通信を行う時に使用する「和文通話表」というのがあります。
例えば、

自分の名前を「山田」ですという時には、
大和のや
マッチのま
タバコのたに濁点

と相手に和文通話表を使って紹介します。
これで相手は、正確に名前を理解できます。
面倒なことのようですが、通信では少しの間違いも許されないjのです。
山田さんを矢野田さんと取り間違えれば大変です。

もちろん、これはアルファベットでも同様の欧文通話表があり世界共通です。

H for HOTEL
などと言います。

一度、アマチュア無線のサイトを覗いてみませんか?

最近では国際宇宙ステーションとの交信もアマチュア無線を使い、宇宙飛行士と話すことも出来ます。また、たいした準備もせず片手に持てるハンディ機で多くの人を見つけることが出来ます。
SNSとの違いは、相手となる皆さんの身元がハッキリしていることで安心して会話が出来、誹謗や中傷はありません。
下記にマウス当てて下さい。ホームページが見られます。


2017年1月 6日

当時欲しかった2B29という真空管

 電波法施行規則4条1項24号によると「アマチュア局」とは、金銭上の利益のためでなく、専ら個人的な無線技術の興味によって自己訓練、通信及び技術的研究の業務を行なう無線局をいう。・・・・・・・・とあります。

 冒頭から難しい文言を並べましたが、法律というのはどれもこんなものです。
短く言えば、アマチュア局は商売を目的にすることなく、趣味の範囲で何か試作したり通信を楽しむ局です。

 そんなことから、当時は自作派が当たり前の時代でした。何でも自作し、その中で技術を磨く日常がハム(アマチュア無線家)では一般的な楽しみ方でした。
 当時は、アマチュア無線に没頭して大企業として成功されたソニーの設立者「井深 大」や米国アップルコンピュータ社を設立した「ウォズニアック」がいます。やはり彼らは、無線局を持ち日夜電波に親しんでいたわけです。自己訓練が自然な形で彼らの中に育っていったのでしょう。
 ソフトウェア部門でも同様で、一太郎で有名なジャストシステムを設立した浮川 和宣(うけがわ かずのり)さんも四国で活躍したアマチュア無線家です。共通して言えることは、彼らが物事に没頭する性格であったことです。内容はアマチュア無線ですが立派な研究者でした。

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 さて、ここに掲載した写真は、アマチュア無線の通信機にVHF帯対応の機器がなかったころ、OM(先輩ハム)たちは、盛んに自作して50MHzや144MHzで電波を出す工夫をしました。それまでに製作した無線機にアップバーターと呼ばれる付加装置を製作し何とかVHF帯電波を作りだす訳です。この真空管は、当時のハムが憧れていた球で少し変わった形をしていて人気がありました。名古屋のある2文字(ツーレター)のOMに譲ってもらったNEC製のビーム菅829B(2B29)です。144MHz帯まで使用でき50W位は出たと思います。
 
 このようにして、当時は未開だったVHF帯をアマチュア無線で使用するようになり、色々な機器が高い周波数でも実用化したのです。アマチュア無線で使用して、しばらくすると業務無線(警察や消防など)でも使い出すようになったものです。
 いつもそうですが、アマチュア無線が開発した電波帯は、安定して使用できるようになると様子を見て、しばらくすると業務無線が使い出す。仕方ないことですが。そのために、アマチュア無線には、ほぼ全ての電波帯が許可されているのです。

2017年1月 4日

山田洋二監督の伝えたかったこと

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昔、購入したDVDセットです
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 山田洋二監督と言えば思い出すのが正月映画の「男はつらいよ」である。他にも吉永小百合さん主演「キュポラのある街」など数多い。映画監督と写真家とは様子が違うが写真家で言えば、土門拳さん、三木淳さんや木村伊兵衛さんのようなドキュメンタリー派の人である。

 山田洋二さんの作品にはどれも記録性がある。当時の日本風景をしっかりとフィルムに収めながら、その中に人気のマドンナとして登場女優を使っている。しかも毎回その風景は地方の情景であったり、当時の人間関係であったりすることである。山田洋二監督の傑作シリーズ「男はつらいよ」は昭和44年8月27日に封切られて、平成28年で何と48周年を迎えた。非常に残念ではあるが主演男優である渥美 清さんはこの世に居ない。私は、以前シリーズ全編をDVDで購入したことがある。今も時々見ているが、年を重ねたせいか何度見ても新鮮さを感じる。育った昭和時代をこれほど忠実に記録してくれて有難い。

 山田洋二監督はこの映画によって日本を記録したかったのである。昭和時代に生き抜いた日本人の庶民生活、また戦後の目まぐるしい発展と共に変化する日本人の心さえも映画で残したかった筈で、お蔭で我々はいつでも自分が育ってきた環境を思い起こせることが出来る。昭和人間はもちろん、平成生まれの若者にも直接当時の様子を語る手段として効果がある。最近、日本では戦争中や戦後の復興期を取り上げる番組が多いし、これがまたヒットする。NHKの朝ドラもそうであるが、この頃の内容だと人気が出る。

 残念ではあるが、この芸当は一枚の写真ではとても無理である。情景を伝えるにはスチール写真はとてもムービーに及ばない。大掛かりな撮影機材を持たないでスナップ写真を簡単に残せるのは有難いけど、このような人間味描写ではやはり映画の方が数段上である。写真の場合にはせいぜい人物のポートレートに終わる。

 この作品は、総48作で終わっている。なぜか、日本では48という数字がよく使われる。四国48番札所めぐり、三重県赤目48滝、AKB48、赤穂48浪士、などがあります。
仏教用語では、三と四、その倍の六と八の組み合わせが多くあり、三門、四天王、四苦八苦、六地蔵、釈迦三尊はよく聞きます。

48=6×8ですね。よくわからん。

ちなみに、AKB48は当時運営していた社長の芝さんの名前から、シバ(48)となったと聞きました。

2017年1月 1日

正月には赤福本店に立ち寄るべき

あけましておめでとうございます

 伊勢神宮の近くに住む人は、初詣でに年越し参りをする人が多い。昨年5月に開催された伊勢志摩サミットを機会に、志摩市ともども伊勢市にはかなりの観光客が増えていると聞きます。またメディアで取り上げる番組も多くなったように思う。伊勢神宮は、内宮と外宮があるが昔から賑わうのは内宮前にある、「おかげ町」という場所であり、ここには古くから赤福本店が構えている。伊勢の赤福餅と言えば昔の人も同じものを食べていたようです。赤福本店の入り口には、年代物のかまどがあり実際に使用されている。この写真のようにピカピカなのが印象的で赤福本店の名物である。

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 ここに連ねる店舗は、建築学的にも面白い工法で興味深い。どこもかしこも同じ家が続く。伊勢市に妻入町屋が多いことの理由として、伊勢神宮の建物が平入であるため、一般の民家が神宮と同じでは恐れ多いと遠慮したためとよく言われる。ここ、おかげ町では、その形がハッキリとわかる。

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