2017年7月31日

2017年7月30日東京駅18番ホーム

20170731 001.jpg 日本橋に用があり日帰りの東京行きです。JRジパングの会員なので新幹線の「ひかり号」だと乗車券と特急券とも3割引で購入出来るので約7600円ほどで乗れる。実に有利な制度であるが年齢に達しないと会員になれない。
 午後4時半に用が終り、急いで東京駅に戻ったが乗車券を購入していたら、やはり33分のひかりには無理であった。なぜ33分に拘るかは所要時間です。ひかりの東京駅発は毎時3分と33分であるが、のぞみと10分違いで東京ー名古屋間を乗れるのは、33分発なのです。これは列車待機する駅が無く、ほぼ「のぞみ」と同様の停車駅です。
 そこで、発車まで少し時間があったので久し振りに700系の先頭車両を眺めてみた。N700とは違いヘッドライトの位置が窓の下にある。他にも細部にわたりN700系と違いがあるが、外観からすぐに判断できるのはヘッドライトの位置である。N700はスカートの直ぐ上に楕円形のものが付いている。
 この日に乗車した「ひかり号」は19番ホームから出発したが、18番と17番ホームに「こだま号」で使われている700系が入線していた。

2017年7月26日

快適なTradeStation株取引アプリ

 日本ではまだ広まりが遅れていますが、米国では既にかなり前からシステムトレードという売買方法が盛んです。その一つに、TradeStation(トレステ)があります。このアプリは米国で非常に人気があり株取引アプリでも最優秀評価を毎年連続で受賞しています。この会社は以前米国でオメガリサーチという会社名でやっていましたが株取引専用ソフトの開発と共にトレードステーションと名称が変わりました。
 今では日本のマネックスグループに買収されてはいますが、今なお米国では人気があります。
そんな人気ソフトを昨年からマネックス証券では日本株の売買で使用できるように開発され徐々にユーザーを増やしています。マネックス証券総合口座で資産運用をしていた私もこの1月からトレステに切替て毎日の練習で慣れるように努力しています。運用資金はわずかですが自分に合った売買アプリを使用することで費やす時間が大幅に短縮されるだけではなく利益もそれなりに期待できるのです。
 この画面は、日常使用できるように自分でレイアウトしたものですが、自分の売買に合わせて自由に設定し保存できるのです。また、専用の言語で記述すれば完全自動売買も可能です。もう少し慣れたらそちらの勉強も開始したいと思っています。とにかく、十分にアプリに慣れ親しんで日々確実に売買をすることが資産運用では大切で、また、株価はその日の大きなニュースがあれば確実に変化します。そのタイミングを逃がさないことが最も重要で儲けの額はそれほど気にしないこです。
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 スマートフォンでもある程度同様の売買が出来ます。自動売買は無理ですが日常の売買はゲーム感覚で可能なので電車に乗っている間でも常に画面を気にすればボタンを押したときに売買が成立するのでチャンスを逃がさないのです。これは、トレードステーションが処理できるスピードにあります。他社のアプリに比べて4倍ほどのスピードを誇っており、実際の売買に約定(やくじょう)に不満はまったく無いのです。しかも売買手数料は日本の証券会社の中では一番安いのです。今盛んに宣伝をしているのでやがてトレステのユーザーが増えてくることになるでしょう。
 マネックスグループは、今では大きくなりましたが起業当時は数十人ほどで会社を起こし松本 大(まつもとおおき)社長が頑張ってきた会社です。松本さんは米国最大の証券会社であるゴールドマンサックスの共同経営者を最年少でやっていた人で、当時、米国経済誌フォーブスでも取上げられた日本人です。その後、ソニーの元会長出井伸之氏に援助されマネックス証券を立ち上げたのです。海外や国内の多くの会社を買収しマネックス構築して現在に至っていますが、米国と香港・オーストラリアにグループ会社を持ち今後の活躍を期待できる最有力候補でしょう。
マネックスBOOM証券(香港)、トレードステーション(米国)、マネックスオーストラリア(オーストラリア)で検索すると詳しい情報が得られます。
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2017年7月25日

九州を走る特急列車「ゆふいんの森」号が心配

 今年の5月には九州を走る草色の特急「ゆふいんの森」号に乗車しながら、窓の外にながれるのどかな田園風景と線路際までせまる森林地帯に眼をやり、災害が起こったら大変だとぼやーっと眺めていました。
 特急ゆふいん号はJR九州の人気列車でいつも満員です。JR博多駅とJR湯布院駅を走る特急で中はそれなりに豪華です。車内は落ち着きのある配色で車内販売も来てくれます。外国人観光客も多く結構にぎやかな車内です。
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 湯布院駅の改札では乗車前から列が出来て駅の外まで行列です。湯布院駅には改札が無いので時間がくると駅員が乗車券と特急券をチェックしてホームまで入れます。要するに小さな観光用の駅です。駅前もそれほど大きくは無く正面の通りの両サイドに商店が並ぶ程度の街並みです。
 さて、この6月に北九州はまたもや災害に襲われ、大きな被害が出ました。私が訪れた湯布院の辺りは、毎日のニュースを見る限り水の被害で線路や橋までも流されたようでした。車窓から見えた風景からは納得のいくニュースであり、通過してきた地名がニュース中に出てきて画面に見入りました。被災地の方々の様子を見て他人事とは思えない気持ちです。
そんな中、ゆふいん号はどうしているか心配です。同時に、JR九州の豪華列車「ななつ星」もどうしているのでしょうか。最近は、JR西日本の豪華特急に鉄道ニュースを奪われてしまっているようで残念です。

2017年7月24日

もう一人のスティブ

 アップルコンピュータ社の創始者として世に知られている人物にスティブ・ジョブズという人がいます。彼はアップルコンピュータを世に送り出した技術者として有名ですが、実はその陰に隠れてあまり目立たない存在のスティブ・ウォズニアックというアマチュア無線家がいます。彼こそアップルコンピュータの原型であるアップル1を生み出した男なのです。私は昔からアップルコンピュータの利用者ですが、購入した関係書にはいつも彼の存在は大きく取りあげることなく紹介もまばらです。しかし、彼こそ職人魂を持った本当の技術者なのです。どちらかと言えば、ジョブズはビジネス得意男であり、ウォズはアラン・ケイのようなコンピュータオタクの職人なのです。この写真は、当時二人のスティブがアップルコンピュータの原型を作りだしたガレージです。この中で、ウォズニアックはアマチュア無線とコンピュータを趣味としアップルコンピュータの製作に没頭していたわけです。1970年代初期の米国ではミニコンやその他のスクラップが氾濫しており、その再生品を利用してコンピュータを製作し、そこにソフトを搭載するという方法で開発が行われました。ウォズニアックは後にiPhoneを開発してアップルコンピュータ社を離れますが彼の開発したものは、どれも大当たりでジョブズが亡くなった今もそのことはアップルコンピュータを愛する人たちの間では伝説となっています。
 ちなみに、彼が当時使用していたアマチュア無線のコールサインはW6BND  でした。

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 当時マイクロコンピュータ機器などは、大メーカーなどは見向きもせず、アマチュアの趣味の世界でした。この頃に、起業したマイクロソフト社のビル・ゲイツも同様のことが言えます。彼はMITS社の8080基板搭載のアルティア8800を働かす簡単なソフトBASIC言語を紙テープで売り出し、その後に基本OSであるMS-DOSの大当たりで財を築きました。
 話は少し外れますが、アップルコンピュータ社という会社はイギリスのアップルレコードから商標を借りたり、日本の電話機アイホンから借りたりして上手くロゴとマッチさせて有名になりました。