2017年10月19日

行って来ました、野麦峠

長野県松本市と岐阜県高山市の県境にある峠です。この峠をテーマに映画化された「ああ、野麦峠」は森下愛子さん主演で当時は大変人気があったものです。一度は通ってみたいと思っていたのが実現しました。
nomugi-1.jpg
 撮影2017年10月15日 : 野麦峠の展望台前で

 この日は、乗鞍高原を前日に撮影し近くのペンションに宿泊したけど翌日は雨だったので早めに帰宅することにしたのです。せっかくならと思って野麦峠経由で国道19線に出るコースを選び、ひたすら山道を走りました。野麦街道と呼ばれているこの道は非常に狭く場所によっては対向が難しい場所もあるので大きな車では行かないほうが良い。標高1672mの峠に着くと数台は楽に駐車できる展望台があり眼下を見下ろすことが出来るはずですが、この日は雲の中でした。車を停めてしばらく下を見たけど写真の通りの景色です。本来ならかなりきれいな紅葉が一面に広がっている場所です。
nomugi-2.jpg
「ああ、野麦峠」は戦前の貧しい日本社会を描写した悲しい作品です。保険制度が普及していなかった時代の日本では、病気にかかると高額な医療費の出費となったので無理をして働き続ける労働者がほとんどだった訳です。この映画の主人公も結局の所、この野麦峠で命を絶ったのです。今でこそ、日本国民は全体が平和ボケしていて昔の事を知る人が少ない中、こんな映画がもっと必要なのではないでしょうか。
 峠をひたすら下降して人家が見えてくると、そこには写真のような古い学校跡があり直ぐに停車してカメラでメモしました。ここまで野麦峠を岐阜県側からゆっくりと登りだして約1時間半でした。
nomugi-3.jpg
車はいつも林道で使用している小型のケンジントンです。エンジンは1300CCと小型であるが中々力強い走りをしてくれます。数年前には三重から鹿児島の枕崎までを往復した実績があります。オートマチック車であるが、もともと不必要なスピードを出す運転をしないので、私には十分な排気量である。燃料はプレミアガソリンであるけど燃費が17Km-18Kmと経済的なので気に入っている。ここ6万Km一度も故障していない。

nomugi-4.jpg

2017年10月 9日

駅弁もまた楽しい

bentou-1.jpg
お昼ご飯に駅弁かと言われそうですが、全国の色々な駅弁を販売するイベントがあり気に入ったのを買って帰り自宅で味わった。昔から旅行をすると駅弁を食べるが、こんな風に地元で全国の有名な駅弁が買えるとは有難い。最近は冷凍車で長距離輸送も可能になり難しいことではなさそうである。月一でこんなイベントがあるとよく売れると思うのだが地元の弁当屋の眼もあり、そうもいかないのだろう。
さて、上の駅弁は量も私の腹にピッタリであり、具も大変美味しかった。米沢牛のしぐれ炊きともち米の山菜おこわのセットである。もっちりとした感じが餅の好きな私にはピッタリで申し分ない。

bentou-2.jpg
松川弁当店というネーミングもいかにも弁当屋らしくて分かりやすい。包装紙と書体のバランスも良くとれていて、数ある駅弁の中でも非常に目立ち真っ先に眼に入った。今回は量よりも質を選んだが見事当りだった気がする。

2017年10月 4日

PENTAXのこと知っていますか?

昔、旭光学工業という会社が存在しましたが今ではリコーに買収されており商品名だけが残っております。そもそもペンタックスというのは世界でも類を見ないアイディアを誇る日本のカメラメーカーでした。一番早く一眼レフという機構を実用化したカメラであり世界的に有名なグランプリも受賞しています。
このころのカメラ業界は世界中で開発競争が激しく、なかでも東西ドイツではカメラやレンズのメーカーが世界的にも人気があり、日本のメーカーは類似品で生産して何とか有名なニコンやキヤノンが人気をとっていたものです。
そんな中で、旭光学は一眼レフのカメラを考案し、上部から覗くレフレックス(鏡)方式のアサヒフレックスを発売しました。このころのカメラは距離計式カメラや二眼レフがほとんどで小型でクイックリターンミラーを持ったアサヒフレックスは画期的なものだったわけです。
しばらくして、このカメラは5角形のプリズムを採用して像を正立させたペンタックスという名称で発売したのでした。この方式は世界でも珍しく日本でもペンタックスに人気が集中したものです。ドイツではイコン社から出ていたのですが、どれもペンタックスより大きくて重かったのです。
ペンタックスの歴史は長く、説明すれば何ページにもなりますが、K型やS型が発売されたころはとても手の届く価格ではなかったのです。やがて徐々に生産台数も上がり、S2やS3が発売されて、この形状で最後のSVがセルフタイマー付で発売されました。
pentax-1.jpg
さて、写真はS3ですが、レンズの付け根を見てください。銀色のレバーが出ています。
このレバーはプリセットレバーと呼ばれるもので、当時のレンズではオート絞りが考案されておらず、一度シャッターを切ると画面が暗くなり、次に開放で明るくしてピントを合わすにはこのレバーを押さえて明るくしピントを合わせたのです。この様なレンズをプリセットレンズと言います。
pentax-2.jpg
pentax-3.jpg
やがて、ペンタックスはデザインを大きく変えてSPとなりグランプリを受賞しました。
また、このころのタクマーレンズも定評がありファンがたくさん居ました。
ペンタックス、ペンタックス、望遠だよ!というキャッチコピーが出回り、契約していた写真家の八木原茂樹さんも旭光学のお蔭で一躍有名になったものです。彼は、当時の農林省の職員だった筈ですが写真界ではカメラ雑誌では望遠の八木原としてよく紹介されていましたね。