2018年6月29日

お金のふやし方

誰しもが考えることは、いつか資産を増やして自由にお金を使いたい。
資産運用に適した人とそうでない人が存在するわけですが、出来れば、知識を貯めて上手く増やしたい。そんな人が多いはずです。
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そんな中、私が使っているマネックスグループの証券会社の姉妹会社である「マネックスユニバーシティ」代表の大槻奈那さんが初心者向けの単行本を出してくれました。大きさはB6で値段も¥1300とお手頃です。初心者向けとありますが、資産運用のセンスはこれ一冊で養われるように感じます。

自分の資産を上手く運用して、たとえ¥1000でも増やそうではありませんか。
おかしなもので、資産運用を回数重ねてやっていると売買のタイミングに慣れてきます。
要するに、安く買って高く売るが基本ですから回数を重ねて売買することで自然と増えていくはずです。
殆んどの人は、株価が下がった時に売る(損切り)をせずにズルズルと放さず持っており、気が付けばどうしようもなくなっていたという状態です。これでは、予想が外れればいつまで待っても増やすことは不可能です。思い切って狙いを別会社にして新たにスタートすることです。

マネックス証券の松本CEOがまだ若かった頃に、大阪で開催された説明会に参加したことがあります。その時に松本さんが教えてくれたのは、一つの会社の株を購入する時には「複数株を買って下さい」と教えてくれました。確かに、購入したら下がってしまった、売ったら上がりだしたという経験を味わっていた私には良いヒントで、株が下がったら半数を売却するルールが身に付きました。今では、忠実に損切と複数株購入で実践をしています。上がった時も出来れば20パーセントを目途にして一度売るようにすればどうでしょう。何カ月も上がり続ける株は先ず無いと思います。すべては株チャートを見ながらンのタイミングです。

JA1AN 原 昌三さんが亡くなられた

アマチュア無線をやっていてJA1AN原さんの名前を知らない人はまず居ないと思う。原さんは既に90歳を超えて居られたのは知っていたが、その後詳細が分からなく気になっていたが先日のJARLメールマガジンなどで平成30年6月9日に亡くなられていたことを知った。
原会長を最後に眼にしたのは、東京ハムフェアの別室で開催されたJARD記念パーティであるが、当時も車椅子で来られて会場で熱心にJARDへの思いを語られていた。JARDはJARL制度改革から分かれた組織であり、原さんたちのアマチュア無線の将来に対する思いが込められていた財団法人です。
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写真の左、車椅子のJA1AN原さん(当時はJARD元会長)

この会場でも、DVDで会場のスクリーンに原さんの功績を綴ったビデオが流れましたが、その様々な努力には頭が下がります。

JARL愛知県支部大会にお越しいただいた時に昼食を共にしたことがありますが、20分ほど色々なお話が出来たこともあり、その時にも熱く語られておられた事を覚えています。

生涯をアマチュア無線に捧げられた大先輩であり、今後もまず出ない人だと思います。
JA1AN原さんのご冥福をお祈りします。

また、アイコム社のホームページでも原さんが投稿された記事が掲載されています。
JA1AN原さんの記事 (左をマウスでクリック)
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下記はJARLメールマガジンで送られた内容です。

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    【訃報】JA1AN 原 昌三 JARL元会長(JARL名誉会員)
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 原 昌三 元会長(名誉会員)が、平成30年6月9日にご逝去されました。
 原 昌三 元会長は、昭和27年に当連盟の理事に就任し、昭和45年から
平成24年まで当連盟の会長を務め、アマチュア無線の普及・発展において
多大な貢献をなされました。
 謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
【褒章・表彰】
昭和57年6月  ITU協会会長賞、郵政大臣表彰
昭和61年4月  藍綬褒章
平成5年10月  通商産業大臣表彰
平成8年11月  勲三等瑞宝章
平成11年5月  新日本ITU協会特別表彰
平成26年6月  一般社団法人日本アマチュア無線連盟名誉会員

2018年6月28日

但馬牛の駅弁

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但馬(たじま)牛は、もともと兵庫県において、水田耕作や輸送のための「役牛」として飼われていた牛です。明治初期ごろ日本でも牛肉を食べるようになりましたが、その品質の良さが注目されて色々と研究が重ねられ、全国の有名牛としての「素牛(もとうし)」が兵庫県で育てられて全国に送られているようです。ですから「松阪牛」や「神戸牛」もこの但馬牛が少し関係しているようです。
また、但馬牛の中でも特に質の良いものを「神戸ビーフ」として売り出しているようでステーキ好きにはとても人気があるようです。

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写真の駅弁は、城崎温泉駅で購入したものですが、出発直前に飛び乗った新大阪行きのJR特急「こうのとり」号の中で美味しく戴きました。申し分ない味で毎回食べても飽きない味付けです。

2018年6月23日

スターバックスコーヒーのこと

米国スターバックスコーヒーが世界で初めて米国以外でオープンさせたのが1996年銀座店である。私が初めて東京都内で利用したのは日本カメラ博物館へ行く途中で見つけた店で、当時はあまり無かったオープンテラス式の簡単なものだった。スターバックスが開店まもないとのことで記念品の販売があり地元の知人へのおみやげとして数個のカップを購入した。当時はスターバックスは国内では珍しかったし、販売されたカップも米国製で、現在の印刷とは違いカップの底に凹凸のある文字の焼き物でした。
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そのオープンスタイルや店内が透けて見える安心感から女性にも人気が高まり一気に全国展開したのだと思う。当時は喫茶店と言えば喫煙場所とも言われるイメージがあり、子供や女性には人気が無かったがスターバックスは思い切って店内は禁煙とした。しだいに世の中で禁煙ムードが浸透してさらに人気が加速したのではないだろうか。

先日、鹿児島市内でスターバックスに入ったが何とイメージがレトロで驚いた。この写真で分かるように既存の建物を利用しているので中に入ると他の店とはまるで違ったが、これも日本のアイディアであろう。そういえば、以前、神戸の北野地区にも同様な古い外国人屋敷を買い取り改修された店があった。スターバックスも色々工夫しながらコメダコーヒーの進撃に耐えようとしている。

このスターバックスのロゴであるが現在は緑色と黒のツートンだが、昔は黒一色だったのです。ロゴのデザインも少しずつへ変化しているのです。

2018年6月19日

英語の12月を表すDECEMBERはラテン語の10

紀元前753年にヨローッパではローマ歴が設けられた。当時の勢力者は企画に競って参加し暦をスタートさせたのである。

そのスタートをした月となったのは3月である。その3月はMARCH(行進やスタートの意味がある)なのである。全ての物が冬の寒さから解放され動き出すと感じたらしい。

そして1年を12ヶ月として、それぞれに名称が付けられた。3月スタートの暦からすると、12月は10番目すなわちDECEMなのである。DECEMはラテン語である。さらに、1年の最後は2月となり、この月で1年間の日数調整を行ったというものである。そのために2月は29日となり他の月より少ない。2月を表すFEBにはラテン語の綺麗にする(調整する)という意味があるらしい。

また10月がOCTなのは年度の8番目(OCTはラテン語の8)11月はNOVはラテン語のナイン(9番目)ということである。

これでお分かりかと思うが、9月のSEPTは7番目(セブンのラテン語)から来ている。
では、4月はどうなるでしょう。当時の権力者たちの名前から来ているらしい。春はとても美しい季節。その美しさを「美の女神」である Aphrodite(アフロディーテ)に捧げる月としたことが起源であるようです。このように8月まではそれぞれの神話に出てくる神様の名前であるらしい。

2018年6月17日

HeathKitの魅力

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米国にあった組立てキットを販売していたメーカーのヒースキットは今は無い。当時、社長は軽飛行機のキット製品を販売しようとして、試作機を飛ばして命を絶った。それ以降は会社がガタガタになり、多くのアマチュア無線家がキット商品の再販売を求めたが実現出来なかった。
この受信機はSB303というアマチュア無線用のもので、昔、私が組立てたリグで気に入って使用していたものである。当時の無線機はセパレートタイプも多くあり、この受信機もSB401の送信機とトランシーブして使用する物であったが2台並べると場所をとるので何時も受信機を主に使っていた。
最近になり、保管していたSB303とSB401を再度レストアしようと思い引っ張り出した。幸いと、両機ともほぼ健在であり、そのまま使用できるほどで30年以上たっているとは思えないほど良好な状態である。当時はソニーサービスという会社があり米国ヒースキット社の製品を輸入販売していた。

このキットの特徴は何と言っても解説書が充実していたことである。もちろん部品一つ一つから組み立てるのであるが順序良く一行ごとに読んで進めて行けば、ほぼ誰もが完成した。英語版と日本語版が付属していて実に分かり良いものであった。
送信機と受信機とも完成して使用していたが性能も良くとてもキットとは思えないもので満足を覚えた。
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いよいよこれから分解に入るが完全に元通りになるには1年ほどを要すると思う。
特にロータリースイッチの接点部分の磨きから必要で大がかりなレストアになるはずである。
自分で完成させた思い出のリグなので手放すには惜しい。

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2018年6月15日

さらに高まる鹿児島の魅力

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NHKの大河ドラマ「西郷(せご)どん」の人気が絶好調らしい。もともと西郷隆盛に関心が高い人は多いが、上手くNHKがドラマ化しており九州では各地でPRがなされている。一時の「くまもん」人気のようである。
鹿児島と言えば桜島が有名であるが他にも数多くの観光地があり、どれも歴史に関係しており興味深い。地理的にも韓国や中国に近いので、それぞれの観光地やホテルでそれらしき人を多く見かける。
最近の韓国人や中国人は日本人と区別がつきにくいが、近くでは直ぐに分かる。
新幹線の終着駅「鹿児島中央駅」で降り構内を歩き出すと、早速目につくのが大きな壁ポスターである。プリンター技術が発達し昔の紙に印刷するポスターとは違い、綺麗なポスターが難なく印刷出来るらしい。駅構内で見かける通路の床にもこの手のポスターが貼ってあり、行先を案内してくれている。このプリンターを最初に開発したのは静岡県浜松市に拠点がある「ローランドDG」と聞いている。
電子音楽楽器のローランドのグループ会社で、昔ここの技術者にお世話になったことがある。

来年の大河ドラマはどこの県に的が絞られるのでしょうね。

2018年6月 2日

日本初の近代的工業地帯跡地

syuuseikann.jpgNHKの大河ドラマが今年は「西郷(せご)どん」とあり鹿児島市内も大賑わいである。新幹線の終点鹿児島中央駅からは各地へ向けてバスがあり、一日乗車券は¥600で何度でも乗降できるサービスである。中央駅から市内循環バスで約30分で目の前に桜島が見える名所に着く。

鹿児島市内の観光名所である「名勝 仙巌園(せんがんえん)」は1658年に造られた鹿児島藩主島津家の大名庭園である。すぐ横には世界遺産に登録されている「尚古集成館」がある。薩摩藩主・島津斉彬(しまづなりあきら)が築いた工場群であり日本最初の近代的工業地帯として知られている。

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仙巌園は非常に広くて起伏もあるので、ゆっくり見学すると1時間程要する。中には、高級ガラス製品である薩摩切子の売店もあり人気がある庭園である。庭園内から直ぐ前に桜島を見渡すことが出来る。この桜島は最近になり噴火を繰り返しているので、この一帯は火山灰が毎日軽く積もっているようである。実際に市内の駐車場にとめている自動車も降りかかった火山灰でいつも汚れているらしい。噴煙は毎日刻々と変化しており、1時間も経つと大きく黒く立ち上がることもある。

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実際にとめてあった車の火山灰の様子をアップします。ニュースでは噴火した時にしか知らされていないが実際は市民の悩みであるらしい。もちろん洗濯物も外に干してある家は皆無であった。