2018年10月31日

とりあえず再開のようです

20181031 001.JPG平成30年10月30日昼にコインチェックが再開しました。金融庁の登録許可は出ていない様なので前と同様に「みなし業者」のままです。1月に不祥事で売買をストップして丸10か月です。
その間にマネックスグル―プの配下に置かれて改善を施し、概ね内容について審査が通ったのでしょう。 発表と同時にマネックスグループの株価も一時ストップ高となり、最終は31円高で終りました。

このコインチェックは仮想通貨交換業者です。
仮想通貨という聞きなれない用語ですが、分かり易く言えばデジタル通貨であり実体がありません。コンピュータなどデジタルデータとして売買が可能なもので一つ間違えれば一瞬に消えます。
ところが世界中では、この通貨が実用されており最近では安心して資産運用をしたり、商品売買での通貨となりつつあります。
私も、10年ほど前からデジタル通貨でネットの通信料金を支払っていましたが、BITCOIN事件が起こってからはクレジットカードへ切り替えています。
ここになって再び、ビットコインなどの仮想通貨が騒がれているのは、その応用分野は計り知れないようです。特にブロックチェーンという技術です。この方法でやると安全に仮想通貨を共有できて、我々生活様式が大きく変わると言われています。
具体的には、紙や硬貨で作られた通貨を無くし、貯蓄も仮想通貨で保持するわけで、商品を購入する時には自分が保持している仮想通貨で支払ったり、友達にも送金をすることが出来るのです。
貨幣を印刷することが無くなり、銀行強盗も意味が無くなります。
多分、世の中はこの方向に進むに違いありません。すでにフランスでは仮想通貨の銀行が出来ています。

一度、コインチェックのサイトを見られたらどうでしょう。
マウスを当てて下記をクリックして下さい。


最後はハミルトンになりそう

20181031 003.JPG先日、絶対に止まってはならない時に腕時計が止まりました。以前にも数回このような事態が起こり困ったことを忘れて、なお電池で動く腕時計を使用していたのです。電波時計であり日本製のムーブメントなので安心していたのですが、今回も大事な時に電池キレです。これは防ぎようもありませんね。
確かに正確ではありますが不意に止まるリスクにはこりごりです。

そこで、思い切って昔に購入したハミルトンを引っ張り出して使用することにします。
このハミルトンは、きわめて単純な腕時計です。もちろん手巻きなので毎日夕方にゼンマイを巻きます。
電波時計と違ってある程度狂いが生じるので時間合せが必要です。
この作業も毎日の日課になり約1分ほど要しますが苦になら無くなってきました。しかも、規則正しい時間帯に巻くので忘れ防止訓練にもなるようです。
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ハミルトンはスイスのメーカーでありアウトドア愛好家の時計として長い歴史があり安心です。
デザインも単純ですが、何と言ってもベルトが布製なので皮膚かぶれする私には向いているのです。
特に夏、金属製のベルトには何度も悩まされていたのです。

H69419363 カーキフィールドメカ38ミリ 国内正規品ハミルトン認定商品

2018年10月22日

井村屋がたい焼きを作ると・・・・・・

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三重県津市に本社を構える井村屋製菓ですが、人気の「あずきバー」に続きまた人気商品が出ています。日本人に昔から好まれる「たい焼き」をヒントに独自の製法技術で「たい焼きアイス」を作ってしまったというのです。箱のデザインも奇抜な3D風のタッチで描かれておりGOODです。

先日、冷蔵庫に入っていたので早速口にしました。もちろん包んであるのはアイスにお馴染みの材料です。その中は、アイスクリームなのですが、これが何とさっぱりしていて口にべた付きも無く、食べた後のさっぱり感は、これまでの他社の物とは違います。あずきバーもそうですが、ここの処理は井村屋が得意とする技術でしょう。中味のこだわりをみせ配色も抜群です。発売されてまだ浅いので知らない人も多いでしょうけど、やがてスーパーマーケットでの定番商品となるものと信じます。

一度、じっくりと味わいながら食べてみられたらどうでしょうか。満足されると思います。

検索サイトを紹介しておきます。(下をマウスでクリックする)


2018年10月11日

AMZNが大きく下げている

10月10日のニューヨーク市場は大変な下げでダウもマイナス831ドルで終わっている。史上3番目の下げ幅らしい。中国との貿易摩擦とか金利上昇不安とか騒がれているが、昔と違って最近の売買はコンピュータによるシステムトレードであり、その反応も過剰に出ることが多い。多分、数日後には大幅高になるのではないだろうか。世の中便利になったのは有難いが、金融取引ではどうも反応が早すぎてゲーム感覚で行われることが日常になってきている。
ちょっとした話題にも敏感に反応して直ぐに株価に出てしまう。それをコンピュータ画面で見ている多くの人が直ぐに手を出し、さらに上げ幅を増大させる。こんな繰り返しがネット社会で起きているのが現状である。反面、手法を勉強して上手く売買すると億万長者も出やすいのである。
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さて、今朝のニュースはこの米国株安がトップニュースとして取り上げられることは間違いない。
写真は、昨晩のAMZN(アマゾンドットコム)の株価チャートであるが115ドルも下げている。一時は2000ドル越えをした銘柄ではあるが、こんな時は真っ先に売られてしまい現在は1755ドル25セントとなった。多分すぐに戻すと思うが、携帯でトレードステーションの画面を見ていて変化を予想するのも勉強になる。 今日の日経225も当然下がるだろうがどこまで下がるかが興味深い。日本企業の業績は良いので大丈夫と思うが、いったんは大きく下げて最終はある程度戻すのではないでしょうか。

2018年10月10日

すべてはPONから始まった

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私が若かった頃、PONというテニスゲームが売り出された。それは今からすると非常に単純な画面でありボリュウムで構成されたパドルを左右に回転させると画面内の小さな線文字が動きボールを跳ね返すものだった。それまでテレビゲームという物が存在していなかったことから、こんなゲーム機が飛ぶように売れたのである。もちろん画面はモノクロでテレビの2チャンネルが通常使われRF信号として送られた。

このPONは米国アタリ社の開発したものである。彼らは囲碁愛好者で日本棋院に興味があったらしく会社名も「ATARI」とした。もちろんアタリは囲碁用語である。ここで多くの人はリセットボタンという概念を初めて知る人も多かったはずである。ワンボードコンピュータが盛んな時代だったので、入出力ポートに必要な最小限の部品を付け加え、あとは機械語でソフトウェアを開発したもので反応速度は速かった。しかし、当時のCPU(プログラムを処理する部分をIC化した部分)の処理速度は遅くて今とは比べ物にならない。

こんなゲーム機が発売されたのをきっかけに日本でも優秀なソフトウェア開発者が現れたのである。世界的なゲームブームを巻き起こした「スペースインベーダー」をご存知でしょうか。当時は病み付きになり仕事もしないでゲームに熱中し世の中が困り果てたこともあった。純喫茶には必ずというほど設置されていてコーヒーを飲む人口を増大させたのもこの頃である。
名古屋打ちと言われた手法も誰かが生み出していた記憶がある。
このゲーム機は日本人により開発され世界にゲーム旋風を起こしたのである。その人の名は岸和田市出身の西角友宏(にしかどともひろ)さんでした。株式会社タイトーアミューズメントで開発後にタイトーの名前は一気に知れ渡ったのである。

写真はフランス出版社社長が西角さんの事を紹介した本ですが、苦労話や裏話などゲーム機始まりの時代を知ることが出来ます。ゲーム好きなら一度は眼を通されたらどうでしょう。
とはいえ私はゲームは全くやりません。

※徳間書店「スペースインベーダーを創った男 西角友宏に聞く」定価1850円+税

2018年10月 9日

終段はRCAでドライバーはテレフンケン

20181009 002.JPG最近になり2A3の音色が懐かしくなり修理にかかりました。これまで問題無く動作をさせてきた真空管アンプですが、表面のメッキ部分にくすみが見られるようになりレストアします。
アンプ類には比較的大きなコンデンサー類が使用されていて長期間保管が続くと内部の薬品が化学変化を起こし静電容量が抜けてしまいます。分かり易く言えば電気を蓄える力が無くなります。そのため回路における電圧の不安定から色々な症状が見られ正しい音にならないわけです。
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このアンプには米国RCA社製の3極菅である2A3(にーえいさん)が2本使われて約10Wの出力がでます。何だ少ないと思われるかもしれませんが、耳で聴いた音量は真空管アンプではトランジスタやICアンプに比較しても遜色なく普通の部屋なら充分過ぎます。またドライバーは当時西ドイツのテレフンケン社で製造されたECC82です。確か日本や米国の規格では12AU7です。

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また写真の様に、ズッシリしたトランスが整理良く並んでおりすっきり感があります。
このトランスは日本のマリックというもので45年前には非常に高価だったためにあまり出回っていません。このアンプを販売するのに当時のONLIFEリサーチ社(その後、ダイナベクターと改名)が注文で作らせたものです。

ここで潮晴男の「音の匠」が作成されているホームページにマリックトランス開発者のことが紹介されています。
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神田さんは東京工業大学の電気工学部を卒業した理系の人だが、弱電とのかかわりは薄く、当初は無線関係の仕事に従事していたという。その後、松尾電業社に入社しトランスの設計に携わった。長年オーディオに勤しんできた人ならこの会社がどんな会社なのかお分かりのことと思うが、知らない読者のために記しておくと、松尾電業社はマリック・ブランドでハイグレードな電源トランスや出力トランスを作っていた。オンライフ・リサーチというオーディオメーカーが出力管に名球「300B」を使ったアンプを製作していたが、その真空管の隣にマリックのトランスが誇らしげに鎮座していたことを思い出す。
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話を戻しますが、このアンプはシャーシーが真ちゅう板で作られているので錆は浮いていないのですが、長年箱に入れずに放置状態だったので表面に汚れが付着しています。この汚れを取るのに「ピカール」という研磨剤を使うことにします。
昔から使用している金属専用の研磨剤ですがペースト状で使いやすく時間を掛けてじっくり磨くには便利なものです。
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元通りにするには多分半年以上はかかると思いますが機会があればここで再び紹介します。

2018年10月 7日

miniケンジントンのこと

kensington-1.jpg確か2000年を最後に生産が終り、新型ミニへとデザインが変わったクラシックミニであるが、いまだに問題無く乗れている。多くの人はこのタイプの車を見かけるとミニクーパーと思うようであるが実はミニにはクーパーというスポーツタイプとこの写真のようにケンジントンと呼ばれる大人しい車種が販売されていた。ケンジントンというのは英国王室がある地域の名称であるが、この車種は昔ダイアナ妃が買い物用にローバーに造らせたということを聞いたことがある。英国人はローバーを誇りに思っていてチャールズ皇太子もレンジ・ローバーに乗っています。
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1998年に初回登録をされたケンジントンに乗っていますが毎回3000kmほどでこまめにオイル交換をしており整備も怠らないので今まで故障知らずでいます。ショックは純国産の物に交換してあり簡単に自分で調整できます。クラシックミニ用の部品は国産でまだまだどんどん新しいものを製造していてほぼどんな部品でも入手出来ます。
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全体のイメージはゴーカートの乗り心地を改善した車です。とにかく扱いやすい。しかも、ケンジントンはクーパーと違い、オートマチック車でありキャブレターもコンピュータ制御で暖気運転も最小ですみます。私の場合は、速度は押さえて走るのでエンジン音も気にならずマフラーも純正で静かです。
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解説本もたくさん出ていて車好きの人なら、自分でいじれて楽しい車ですよ。
私の場合、風景写真撮影で狭い山道に行くことが多いので助かります。

2018年10月 5日

Heath Kitの古いエレキー

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アマチュア無線を使って交信するには電話(声を送る交信)や電信(モールス信号で交信)などがありますが、何と言っても小さな電力で相手局とつながる電信に人気があります。しかし、電信ではモールス信号を正確に打てる技術が不可欠となり、昔だと電信専門の学校などではかなりの訓練をしたようです。それもそのはず、昔の日本電信電話公社(現在のNTT)には電報窓口があり、急ぎの連絡は全て電報が主流でした。今では携帯電話などが発達して離れた外国でさえ瞬時に伝言を送ることが出来ます。
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これだと趣味として楽しむには少し寂しいようです。不便ですが昔ながらのモールス信号による通信は極めれば最高です。私の知人などNHKの21時のニュースを見ながらモールス通信で米国のアマチュア無線家と交信しておられる方もいます。

ところでモールス符号には世界共通の取り決めがあり、長音(長く出るツー)と短点(短いトン)が正確に出ないと相手に間違って理解されてしまいます。アマチュア無線では略符号というのがあり、例えばQTH(送信している場所のこと)やQRA(名前)で送ります。乱れた信号を送ると内容が正確には理解されずとんでもないことにもなりかねません。
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そこでアマチュア無線の交信では符号を正確に送ることが可能な機器が工夫されて現在でも多くの愛好家がいます。昔の器具を電鍵(でんけん)と呼んでいますが、これはエレキー(エレクトリックキーヤーの略)と呼ばれ昔からアマチュア無線では人気があります。
エレキーは自作される方も多く昔は米国ヒースキット社からは沢山のキット製品が発売されていました。この写真は1960年当時に販売されていたHD-10という機種です。昔、アメリカのオークションである有名なeBayで落札して輸入した物ですが今でも問題無く使用できます。
見た目は不格好なのですが実に機能的でアマチュアらしい品物です。取扱い説明書はもちろん英語ですが、非常に分かり易いもので多くの図解で紹介されています。
とても50年以上経っているとは思えない物ですが、大事に使えば何十年でも使用できるという事を教えてくれる品物です。最近の製品は回路がどれもIC化されて専用部品が無くなると使用できません。外観は新品同様でも廃棄しないと駄目なものが多いので困ったものです。

2018100 002.JPG背面には無線機に繋げる端子が出ています。単独でも練習ならOKですが。

2018年10月 4日

SONYのCLIEはPDAでした

20181003 001.JPG米国アップル社が日本でiPhoneを発売したのは3GとなるiPhone3だったと思います。それまでは携帯電話とPDAと呼ばれる端末を接続または赤外線接続して使用するのが日常でした。なぜか日本では最初のバージョンは販売されずに名称借用のトラブルに発展した経緯があります。日本には電話機メーカーであるアイホンが既に有名でした。その後、アップル社はアイホンと和解しています。

携帯電話にPDAを合体させる方式は確かにアップル社のアイディアでした。詳しくは米国電話会社AT&Tとの共同研究で生み出されたはずです。しかし、それ以前にもこのPDA技術は使用され中心となるOSは何社にも引き継がれていたのです。
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このPDA概念を最初に考案したのは、米国にあった小さな会社だったPalmという会社です。そこが商品名をPILOTという名称で製品化したのですが日本にあるパイロット万年筆から訴えられて実際の製品名はPalmとなり、この頃搭載していたOSは一気に人気が出てPalmOSはPDAの代名詞となった訳です。
しかし、技術者集団の小さな会社はすぐに大企業に買収され、米国の有名な文具メーカー3Mブランドとして発売されていました。私もこの頃に購入したPalmPilotをまだ持っています。
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やがて、契約が切れたOSもその後に日本のソニーが買い、ソニーはアップル社に売却した筈です。そしてソニーはPDAから撤退しゲーム機プレステーションに集中しました。
アップル社は独自の技術を上手く統合して魅力ある携帯電話iPhoneを開発したわけです。その頃、いつしかスマートフォンという用語が日本では流行し始め現在でもガラ携と対比して使用されています。

以前、アップル社からは小型の端末が数種出ていますがいずれも失敗でした。アップル社の売りはデザイン重視であり使い勝手がイマイチだったのです。

いづれ書きますが、アップル社が考案したように思われているアイコンは元は米国ゼロックスのパロアルト研究所で開発され試行的に使用されていた技術だったはずです。スティーブジョブズはここでインターンシップでお世話になっておりヒントを得たようです。