2018年10月10日

すべてはPONから始まった

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私が若かった頃、PONというテニスゲームが売り出された。それは今からすると非常に単純な画面でありボリュウムで構成されたパドルを左右に回転させると画面内の小さな線文字が動きボールを跳ね返すものだった。それまでテレビゲームという物が存在していなかったことから、こんなゲーム機が飛ぶように売れたのである。もちろん画面はモノクロでテレビの2チャンネルが通常使われRF信号として送られた。

このPONは米国アタリ社の開発したものである。彼らは囲碁愛好者で日本棋院に興味があったらしく会社名も「ATARI」とした。もちろんアタリは囲碁用語である。ここで多くの人はリセットボタンという概念を初めて知る人も多かったはずである。ワンボードコンピュータが盛んな時代だったので、入出力ポートに必要な最小限の部品を付け加え、あとは機械語でソフトウェアを開発したもので反応速度は速かった。しかし、当時のCPU(プログラムを処理する部分をIC化した部分)の処理速度は遅くて今とは比べ物にならない。

こんなゲーム機が発売されたのをきっかけに日本でも優秀なソフトウェア開発者が現れたのである。世界的なゲームブームを巻き起こした「スペースインベーダー」をご存知でしょうか。当時は病み付きになり仕事もしないでゲームに熱中し世の中が困り果てたこともあった。純喫茶には必ずというほど設置されていてコーヒーを飲む人口を増大させたのもこの頃である。
名古屋打ちと言われた手法も誰かが生み出していた記憶がある。
このゲーム機は日本人により開発され世界にゲーム旋風を起こしたのである。その人の名は岸和田市出身の西角友宏(にしかどともひろ)さんでした。株式会社タイトーアミューズメントで開発後にタイトーの名前は一気に知れ渡ったのである。

写真はフランス出版社社長が西角さんの事を紹介した本ですが、苦労話や裏話などゲーム機始まりの時代を知ることが出来ます。ゲーム好きなら一度は眼を通されたらどうでしょう。
とはいえ私はゲームは全くやりません。

※徳間書店「スペースインベーダーを創った男 西角友宏に聞く」定価1850円+税