2018年10月 4日

SONYのCLIEはPDAでした

20181003 001.JPG米国アップル社が日本でiPhoneを発売したのは3GとなるiPhone3だったと思います。それまでは携帯電話とPDAと呼ばれる端末を接続または赤外線接続して使用するのが日常でした。なぜか日本では最初のバージョンは販売されずに名称借用のトラブルに発展した経緯があります。日本には電話機メーカーであるアイホンが既に有名でした。その後、アップル社はアイホンと和解しています。

携帯電話にPDAを合体させる方式は確かにアップル社のアイディアでした。詳しくは米国電話会社AT&Tとの共同研究で生み出されたはずです。しかし、それ以前にもこのPDA技術は使用され中心となるOSは何社にも引き継がれていたのです。
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このPDA概念を最初に考案したのは、米国にあった小さな会社だったPalmという会社です。そこが商品名をPILOTという名称で製品化したのですが日本にあるパイロット万年筆から訴えられて実際の製品名はPalmとなり、この頃搭載していたOSは一気に人気が出てPalmOSはPDAの代名詞となった訳です。
しかし、技術者集団の小さな会社はすぐに大企業に買収され、米国の有名な文具メーカー3Mブランドとして発売されていました。私もこの頃に購入したPalmPilotをまだ持っています。
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やがて、契約が切れたOSもその後に日本のソニーが買い、ソニーはアップル社に売却した筈です。そしてソニーはPDAから撤退しゲーム機プレステーションに集中しました。
アップル社は独自の技術を上手く統合して魅力ある携帯電話iPhoneを開発したわけです。その頃、いつしかスマートフォンという用語が日本では流行し始め現在でもガラ携と対比して使用されています。

以前、アップル社からは小型の端末が数種出ていますがいずれも失敗でした。アップル社の売りはデザイン重視であり使い勝手がイマイチだったのです。

いづれ書きますが、アップル社が考案したように思われているアイコンは元は米国ゼロックスのパロアルト研究所で開発され試行的に使用されていた技術だったはずです。スティーブジョブズはここでインターンシップでお世話になっておりヒントを得たようです。