2011年9月26日

キット製作が、いかに楽しいかを当時は皆んなが知っていた

doujiku2.JPG鉱石を小さな細いケースから取り出し、大きさを調整して再び中に入れる。使い古しの石鹸箱に配線し鉱石ラジオなるものを製作したことがある。当時は理論など全くなかったが雑誌「子供の科学」が教えてくれた。組立てや分解を繰り返しながら、部品の名称や実体配線図を覚えた。しかも、まったくあせりは無かった。当時は、何と言っても時間があった。こんなことでもしないと一日が退屈で仕方がなかったのである。昭和35年ごろの小学校時代のことである。近くに住んでおられたアマチュア無線家の家には、わけの判らない高級受信機「トム」が置いてありゆっくりとダイヤルを回したが、ほとんど何も聞こえて来なかった。
やがて、アマチュア無線という電波を出す趣味を知る。免許が無かったので当時は高一中2受信機の自作を目指したが、田舎だったために部品入手に1年半ほど経過した。いきなりトリオから「9R59」がキットで発売されたが¥15000ほどもする高価なキット製品で当時は子供の手に負えない品物であった。

doujiku3.jpgそこそこの給料から、米国ヒースキット製品を購入した。当時はソニーが代理店をやっていて、高価なものについては分厚い日本語の解説書と共にキット販売されていた。ヒースキットに目覚めたのはその頃であり、米国ハムがうらやましかった。ドルが360円固定の時代であったのでキットと言えどもかなりの小遣いをはたいて製作に取り組んだものである。ヒースキットの製品は素晴らしく、今思えば完璧なキットであり順番に組立てれば誰も同じ製品が完成することだ。もちろん半田付けの技量は関係するが、調整方法にも丁寧な解説を施し、ページ全てがわかりやすい図解入りである。


doujiku4.jpgここで紹介する、同軸切替器も市販品とは違った自作の良さが期待出来たし、30年以上も経った今でもピカピカで問題なく使用している。