2019年6月18日

変わらぬ京都の人気

kyoto-1.jpg昔から京都に行く機会が多く、現像所の帰りなど立ち寄るお寺があります。京都には禅宗の寺が多く、あの整然とした庭や古いけど清掃が行き届いた風景が何とも言えません。
禅宗には臨済宗と曹洞宗がありますが、いずれも鎌倉時代に起こされた宗教で「禅」を主体とするものです。要するに、禅とは文字や話す手段では無く、心で仏の気持ちを感じる方法です。
言い換えると「以心伝心」です。心を集中させて瞑想すると何か得られるものが伝わる修行です。
特に、京都には臨済宗の本山である妙心寺があります。また、曹洞宗の本山は福井県にある永平寺でここも有名で人気のお寺です。
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最近の京都は、インスタグラムなどで世界中に紹介され観光客も大変多く、日本人は避けているようです。京都はむしろ静かな町で、年に数回のお祭りには集中して賑わったものですが最近では毎日がお祭りのような人通りです。日本の文化を断片的にしか見れない外国人などには無理もありません。
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京都の寺は、何十年も変わらぬ手入れを毎日しているので皆さんが何度訪れても変化が無いと感じるはずです。四季折々の風景を感じながらゆっくりと京都の寺を訪ねてみてはどうでしょう。特に真夏がお薦めです。暑い京都だからこそ、色々な面で京都らしさが感じられます。それと比較的空いています。
写真は、大徳寺の龍源院と大覚寺で撮影したものです。カメラは35mmフルサイズのソニーA900 レンズは20mmと85mmでアドビのフォトショップで小さいサイズにしてあります。

2019年6月13日

風景写真は年数で価値が増す

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人間は置かれた環境を残すことに何年も挑戦して、過去には絵画で表現してきたわけです。そのお蔭で現在でも当時のそれぞれの様子をおぼろげに想像することが出来ます。
しかし、絵画では瞬時に精密描写は不可能であり遂にはカメラを発明したわけです。
その当時は乾板というガラス板に薬品を塗る媒体に画像を定着したのですが、技術の進歩は目覚ましく、わずか100年ほどで電子媒体でデジタル化をしてしまいました。このデジタル化技術は過去何千年もの風景絵画の夢をすっかり変えてしまい今後もほぼ永久保存が可能な筈です。

そして一枚の風景写真が何十年後の社会で役立ち利用されるかと思うと、写真の価値は絶大です。
絵画ではとても真似の出来ないことです。基本的に絵画と写真はその価値が別の物です。
確かに長い歴史の中で絵画の価値は蓄積され、写真などと比較になりません。しかし、写真の場合はまだ始まったばかりの僅か100年です。あくまでも写真の価値はその精密な記録です。
米国の写真フィルム会社を創設したジョージ・イーストマン・コダックさんは明けても暮れても大きなカメラとフィルムで当時の風景を収めました。彼はその手法を広めるために努力し世界で最大のフィルムメーカーに仕立て挙げたわけです。

ところで、知人の案内で和歌山の小さな漁港を撮ってみました。デジタルなので刻々と変化する空の様子を気にしながら何枚もシャッターを切った一枚です。日没前の漁港の様子をカメラに収めましたが何と言ってもデジタルの強みです。やっぱり風景写真は難しいです。むかし木村伊兵衛さんが言っておられましたが「写真はルミエール」という言葉が思い出されます。フランス語のルミエールとは光ということらしい。